エッセイ、実録、私生活。ノンフィクション系「漫画家の生活」を描いたマンガ群

誰もが物語の主人公

漫画家自身が登場し、自分のことや周囲のことを描いたマンガをセレクトしました。これも比較的手軽に手をつけられるためか、かなり多くの漫画家が手がけているジャンルです。
境界線が微妙なのや脚色されてるものもありますが、ここで取り上げている作品は実話ベースです。別カテにしてますが、デビュー前~修業時代の作品も漫画家になった後の話も出がちなので、似たようなのが多いです。その他、漫画家が主人公のマンガ闘病記体験取材記は別カテゴリとしています。

幸せそうな人たち

中国嫁日記(井上 純一)

言わずと知れた大人気ブログ(2010~)の書籍版です。40台日本人漫画家と20台中国人女性が結婚するとどうなるか、というマンガ。絵がコロコロしててかわいく、しかもフルカラー。

中国嫁日記

第2章(2巻収録)より

途中から中国と日本を行ったり来たりするようになり、馴染みのない中国文化や生活事情に触れることができます。初期は奥さんに内緒で更新してました。

毎回書籍化する際に大量に描き下ろしたり描きなおしたりしているようで、刊行が近くなるとブログが滞り、ときどき月さんが更新するのも定例業務。会社の経済状況をテーマにした「月さんは困ってます」など、登場人物が共通する別作品も多数。

うちの妻ってどうでしょう?(福満しげゆき)

これもなんとも形容しがたいマンガなんですが、一応エッセイものとなるのでしょうか。
かつてはあんなに弱々しかったのに年々太くなる福満先生が、かわいらしく狂暴な奥さんの一挙一動を見てはああだこうだ考え、「なんとかかんとか……終わり」とかいって次のコマからまた全然関係ないことを始めるマンガです。

実録結婚マンガとしては「中国嫁」と並び立つ印象があり、まあ色々あるんですがなんだかんだこちらもうまくいってるようで、「小規模~」からファンだった身としては良かったなあと思うと同時に、「人の本質って幸せになってもあんまり変わんないな……」などと思ったりもします。

モンプチ 嫁はフランス人(じゃんぽ~る西)

ひとりの年上のフランス人女性と国際結婚を果たし、一児の父となった漫画家・じゃんぽ~る西。濃厚なベゼと過剰な褒め言葉で一日が始まるふたりのなれそめから、二言語で育つ息子の成長、そしてじゃんぽ~る先生(及び妻のカレンさん)から見た日本とフランスの文化の相違まで幅広く取り扱う国際結婚子育てエッセイ。

モンプチ 嫁はフランス人

episode5(2巻収録)より

子育てエッセイであると同時に、フランス人の感覚や国際結婚のリアルな感じを知りたい人も一読の価値があります。じゃんぽ~る先生はこれより前にフランス滞在エッセイを何作か出されてますが、文化的な相違に関しては奥さんの解説が入るので単純に情報量が多くて正確。どっちが正解とかではなく、「ちがう」ことと夫婦お互い「ここが変に見える」みたいなことをストレートに描かれています。フランス全肯定! みたいな本ではないです。


厳密に言うとこの作品はフィクションで、息子をはじめ人名は基本仮名。奥さんも本を書かれてますが、ちょっとだけ名前が違います。
この作品はフランス語にも翻訳され、向こうでは「日本文化紹介マンガ」として紹介されてたりします。全3巻で完結。

試し読み コミックシーモア

監督不行届(安野モヨコ)

マンガ業界も狭いようでやっぱり狭く、時々「えーそこが!?」とびっくりするようなビッグカップルが結婚して世間を騒がせていますが、なかでも最も話題となったもののひとつが大御所レディース漫画家安野モヨコと「新世紀エヴァンゲリオン」で知られるアニメ監督庵野秀明の「Wアンノ」夫婦。社会現象を巻き起こし、今なお第一線に立ち続ける男の素顔に迫る、妻から見た「カントクくん」(及びオタ嫁と化していく自分)を描いた結婚ルポ漫画がこちらとなります。

監督不行届

第弐話より


「アオイホノオ」では裏主役みたいになってるし「風立ちぬ」では主役やるしでコンテンツとしても大忙しの庵野監督ですが、私生活はどうなのかというと……。眼鏡にスーツにまさかそれはマルボロですか! とか言ってた安野先生が最終的にこの人と落ち着いたというのもなんだか結婚のリアルを見るような思いです。刊行は2005年、全1巻。

ま、しかし、愛があります。どっちかのアンノだけでも好きなら好奇心を満たせるし、特に生きる上で必要のない膨大なオタク知識も披露されるのでひとつふたつ決め台詞を拾って使いどころを探せるし、巻末の庵野監督による安野先生論も短文ながら「なるほどなぁ」と思わされる鋭さがありました。


何で読んだか忘れましたが、披露宴で監督をシンジくん(ゲンドウだったかも)、新婦をミサトさん(レイだったかも)役の声優さんが演じてなれそめを語る余興があったとか。参加できた人うらやましい。

平成よっぱらい研究所(二ノ宮知子)

クラシックや宝石といったノーブルな題材を扱い、すっかり大御所となった感のある二ノ宮先生。きっとご本人も上品な貴婦人なのであろうと思いきや若かりし頃は凄まじく、この本を読むと彼女がいかにはた迷惑自由奔放に日々を過ごしていたかを知ることができます。

とにかく普通の人なら数年に一度レベルの武勇伝が引きも切らず飛び出します。親族や友人も酒豪ぞろい、おおひなたごうやビリー松本も登場し、一冊丸ごとランチキ騒ぎという恐るべき本です。正直この後の「壮絶な人たち」に入れるべきかちょっと迷いました。

下リンクのは完全版とゆーことで、読み切り「飲みに行こうぜ!!」や後日談も収録。かなり笑えるおすすめの一冊です。

わたしの日々(水木しげる)

御年そろそろ92歳。いよいよ仕事をせず、悠々自適に暮らす時が来たのではないか――そうのほほんと構えていた水木先生のところへ容赦なく届く連載依頼。誰がやるかと思いつつ、おだてられればやる気になっちゃう水木サンのどーということもない毎日と、深く刻まれた戦争の記憶を綴る日常エッセイ。

わたしの日々

第12回”絵描きになる夢”より

この作品の上梓後、ほどなくして先生は亡くなられました。まさに晩年の記録といった風情があります。さすがにしんどいのか幼少期の作品を切り貼りして構成されたマンガなんかもあり、それが逆に実験的な雰囲気になってたりして面白い。

どこまでアシさんでどこから水木先生なのか知りませんが、絵が水彩風で美しく緻密です。基本的に漫画家は加齢につれて絵が劣化していくものですが、水木先生はあんまりそういうのがないですね。基本的に絵が好きな方なんだなと思いますし、「続けていれば技術はいくつになっても衰えない(向上し得る)」という厳然たる事実を見せつけられる作品です。

ホモ無職、家を買う(原作:サムソン高橋 漫画:熊田プウ助)

2014年、元ゲイAV監督として一世を風靡したサムソン高橋が、不動産屋で見かけた屋上付き三階建ての一軒家(800万円)。フラフラと店内に入った彼は、あれよあれよと家を内見し、あっさり購入を決めてしまう。なぜ彼がそんな大金を持っていたかというと……無職に至るまでの職と家の遍歴、家のリフォーム、能町みね子との同棲に至るなれそめなど私生活を綴る日常エッセイ。

ホモ無職、家を買う

第2話”私にお金がある理由”(1巻収録)より

ゲイ要素は薄め。家の価格も破格だし金貯めるまでの経緯も規格外であまり参考にならないですが、家買うってこういう感じなんだなーとか、防水工事ってそうやるんだなーとか個人的に興味深い話がちょいちょいあり、あと下世話ですが、他人の懐勘定の話は面白い。マイホーム持つといかに生活費が浮くかがリアルに感じられます。ちょっと下ネタあり。

なお、下記サイトだとカラーで読めますが、電子書籍版はモノクロなので注意(紙は未確認)。「ほんとうにあった笑える話」で2015~2017年連載、全1巻で完結

試し読み J-enta

辛そうな人たち

カルト村で生まれました。(高田かや)

ほのぼのとした表紙の中に「カルト」という文字が不気味に光る、局所的にかなり話題となった一冊です。まあタイトルの通りですが、某カルト村で育った作者(現在は離村し、結婚されています)が幼少期を振り返るマンガです。「辛そう」というのもちょっとちがうのかもで、割と楽しそうでもありますが。

カルト村で生まれました。

”村の問題児”より

村は内部である程度完結していて、道具は共用、親は別居、お金は基本的に使わないので小遣いはなしの共産主義社会。何かあると食事抜き当たり前、体罰当たり前の世界です。のほほんと語られているので普通に読めてしまいますが、出てくる思い出に食べ物絡みの内容がやたら多い(=飢えていた)のが読んでて地味にツラい。

あとエッセイマンガとして強いのは、手書きの文字がとてもていねいです。読みやすいし温かみがある。子供も簡素な顔ながらかわいい。
続編として「さよなら、カルト村。」「カルト村の子守唄」などが発表されています。出てくる当時のヒットソングが僕も普通に知っているもので、「あの曲が流行ってる頃、こういう風に暮らしている人もいたのだ」と思うと何だか不思議な気がします。
「クレアコミックエッセイルーム」で2015年頃連載。「このマンガがすごい!2017」オンナ編18位。

試し読み クレアコミックエッセイルーム

さよならもいわずに(上野顕太郎)

11年連れ添った妻を突然亡くした作者が、一年後にその時の出来事を描いた作品。モノローグで「描かずにはいられなかった」と語られていますが、かなり業の深い作品だと読みながら感じました。同じモノローグの中でこうも書かれています。
「あえて俗っぽく言うなら、表現者にとっての「おいしいネタ」を描かぬ手はない。」

誤解のないよう言い添えると、亡き前妻へ向けられた哀惜の情は真摯なものです。差し挟まれるいくつかのエピソードには切実なものを感じます。しかしそれを描く上野先生の筆は明らかにノッていて、漫画的な技巧を惜しげなく用い、「このネタを使って自分は何が描けるのか?」という作家的興味が色濃く表れているように感じます。結果、面白いと思いつつ少し違和感を覚えたのは、性格的な部分なのかもしれませんが……。

連れ合いと倦怠期の方とかだと、読んで感じ入るところがあるかもしれません。未確認ですが、電子書籍だと一部歌詞にモザイクが入ってるそうなので、紙で読むほうがいいかもしれないです。

壮絶な人たち

アル中ワンダーランド(まんしゅうきつこ)

2012年、突如として開設され、そのあんまりなネーミングと内容の面白さで話題となった漫画ブログ「オリモノわんだーらんど」。今は削除されていて残っていませんが、一時は結構な勢いで更新されていました。その裏で、一体何が進行していたのか……それがわかるのがこの本です。

やってることは「平成よっぱらい研究所」とあまり変わらないような気もしますが、宴会ではなくひとり延々と飲みます。一番強烈だったのはトークショーのくだりで、アルコールの怖さがよくわかるエピソードです。

最近ブログのほうも書籍化されました(まんしゅう家の憂鬱)。ただ残念ながら、いくつかの記事は収録されなかったようです。

一人交換日記(永田カビ)

「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」後の永田先生です。「連載のネタがない!」ということで交換日記形式(永田先生←→永田先生)で日常生活を綴るエッセイ形式。これはもう前作が好きだったら流れで読むような作品ですが、漫画以外の部分(twitterとか)も含めてガッカリされた方も多いらしく、amazonレビューはなかなかの盛況。

あまり先入観を持たずに作品を読んで欲しい気はしますが、とにかく評価が割れていることだけはお伝えしておきます。

前作でも触れていた家族の話題が前面に出ている感じで、「それ描くのはどうなの?」的な感想を持った部分も確かにありました。私小説(私漫画?)的なあけっぴろげ感があり、一種の開き直りのようなものも感じます。

試し読み pixivコミック

他にもこんな漫画家が大変なことになっています

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